〈管理人メモ〉
安重根(
アン・ジュングン1879.9.2-1910.3.26):朝鮮の民族主義者、独立運動家
1909年10月26日 ハルピン駅(中国・黒龍江省)で伊藤博文を暗殺
1910年2月14日 裁判結審・死刑判決
日韓併合の反対派だった伊藤博文の暗殺が、韓国併合を早めた或いは併合の切っ掛けとなったという言説もある。ドナルド・キーン米教授は、暗殺は大韓帝国の消失という皮肉な結果をもたらしたと評する
韓国では安重根は反日のシンボルとされ、国際的なスポーツ大会(特にサッカー)でも彼の肖像画の横断幕が使われる事もあるという
安重根 - Wikipedia

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 安重根義士記念館に設置されている安重根義士の銅像

(韓国 国民日報)
2月14日はバレンタインデー?安重根デー!


2月14日は、大韓民国の歴史の中で必ず覚えて置かなければならない重要な日である。
安重根(アン・ジュングン)義士に、死刑宣告が出された日なのである。
安義士は、1909年10月26日当時ロシアの管轄だったハルピン駅で、伊藤博文を射殺した。
旅順監獄に収監された安義士は、2月14日に死刑宣告を受け、3月26日に31歳の若さで殉国した。

安義士の墓は、ソウル龍山区孝昌公園にある。石碑の立っている李奉昌、尹奉吉、白貞基3人の義士の墓の隣にある、石碑の立っていない墓が、遺骨の入っていない安義士の假墓である。まだ安医師の遺骨は見つかっていない。

日本は、安義士の墓が韓国人たちの独立運動の聖地になることを恐れて、遺族に遺骨を引き渡さず刑務所の塀の外の墓地に埋めたという。詳しい埋葬場所については記録が残っていない。 

富川に安重根公園がある。元富川市庁前中東公園の名前を変えたものである。安義士の銅像と一代記を描いたレリーフ壁画などが設置されている。中国のハルビンに建てられた安義士の銅像は、中国政府の反対で撤去された後、韓国に搬入され、紆余曲折の末、ここに定着した。

安重根研究所は、2011年大邱カトリック大学慶山暁星キャンパスに設立された。安義士の写真資料、遺墨など60点余りの史料が集まっている。記念館の外には、安義士の追悼記念碑と銅像も設置された。銅像は、安義士が伊藤博文を狙撃する直前のダイナミックな姿を、花崗岩の座台(高さ120㎝)の上に195㎝の高さで再現したものである。 

長興郡にある海東祠は、安義士を祭る全国唯一の祠堂である。
1955年長興竹山安氏門中が発議し、軍民の寄付により建てられた。建設当時に、「海東明月」という李承晩大統領直筆の扁額を受けた。

ハルビン駅は、金堤アリラン文学村で見ることができる。1910年ごろのハルビン駅舎をもとに、60%の大きさに縮小復元した建物である。駅舎の中は、展示室になってている。建物の裏側へ行くと、ハルビン駅で伊藤博文を狙撃した安義士の姿の造形物をみることができる。

群山近代美術館(旧日本18銀行群山支店)本館は、安義士の旅順監獄展示館である。1階の体験室には、事件直後逮捕された時の安義士の姿と関連写真などを展示している。2階の再現館には、安義士が収監生活を送った旅順監獄を再現している。

2月14日を、一部では「安重根の日」に指定しようという意見がある、一方で殉国日ではない死刑宣告された日を、安義士を記念する代表日とするのは不適切という反対意見もある。しかしどちらにせよ、大韓民国を愛した独立運動家を想う時間を持つことに、大きな意味があるに違いない。安義士の殉国日である3月26日までに、安医師の追悼記念場所を巡る「歴史の旅」に出かけてみては如何だろうか。 

ソース:https://n.news.naver.com/article/005/0001412137